2011年4月3日日曜日

青年教師の退職

ある女性教師が年度末に退職した。2年間の教職経験で職場から去った。

3月23日に管理職に退職を申し出た。そして、管理職は翌日にそのことを全教職員に発表した。

なぜ活躍を期待されていた彼女が退職したのか。類推するしかない。外部からの電話の応対もテキパキとこなしていたのに。
その学年はずっと荒れていた。警察を校内に導入しても、問題生徒の徘徊や暴力の広がりを抑えることはできなかった。対教師暴力も次々に発生した。被害届を出さない。学校教育の範疇でないのに、抱え込んでしまった。だから歯止めがきかない。

彼女は教育系大学を卒業した年に採用された。優れた人材と職場でも期待していた。社会人として、青年教師としても将来が楽しみな人柄であった。彼女のココロの中には、ひょっとすると「学校不信」が募っていたのではないか。「学校不信」は同僚・管理職への不信とイコールではなかったか。

その管理職(校長)は、生活指導あがりの人ではない。ひ弱な感じを抱かせるタイプ。「国語教師」という言葉からイメージされるタイプ。

リーダーシップのタイプでいえば、pm型に属する。Pはパパ(厳格さ)をイメージする。Mはママ(温かさ)を指す。ラージとかスモールがあり、4類型に分かれる。PM型。pM型。Pm型。pm型。

リーダーシップを発揮する地位になってはいけない人物が校長になったのだ。校長は在職2年を終えた。今年度も校長に留まっている。校長の姿勢が職場に与える影響は大きい。この職場は5年前から荒れの状態が続いている。ストレスフルな職場だ。組織が教育実践上の問題を吸収できないままに時間が過ぎて行った。

職場の荒れから来るストレス状態を家人は心配であったろう。家人のアドバイスがあったのかもしれない。

退職の弁で彼女は、「美術の勉強をしたいので退職します」と教職員に挨拶をした。その言葉をその職場の人びとはどう聴いたか?

0 件のコメント:

コメントを投稿