2011年9月19日月曜日

祝日も出勤する妻と条例案

敬老の日で休日だ。妻は朝からバタバタしている。外出するのかと聴く。

学校を会場にして、地域の敬老会でお茶会をするのに参加するのだ。生徒を引率して、参加者にお茶とお菓子を出すのだ。今の職場で5〜6年続いている。勤務割り振りの変更をして、平日に休むこともしないだろう。疲労が蓄積して、休日は横になっている。勤務時間も守られていない。残業は当たり前。休憩時間も取れない違法状態。

しんぶん赤旗(2011.09.19)の1面に16日に開かれた大阪府教育委員会で、「教育基本条例案」について教育委員から強い批判があがったと報道している。

大阪「維新の会」の「教育基本条例案」
府教育委員全員が批判
「横暴」「現場を無視」
知事肝いり委員も
厳しい言葉ついて
「総辞職しかない」

「首長の暴走」(平井一臣著、法律文化社)を読んでいる。
マックス・ウェーバー『職業としての政治』からの引用から始まる。

ただ次のことだけははっきりと言える。もし今この興奮の時代にー諸君はこの興奮を『不毛』な興奮ではないと信じておられるようだが、いずれにしても興奮は真の情熱とは限らないー突然、心情倫理家が輩出して、『愚かで卑俗なのは世間であって私ではない。こうなった責任は私にではなく他人にある。私は彼らのために働き、彼らの愚かさ、卑俗さを根絶するであろう』という合い言葉をわがもの顔に振り回す場合、私ははっきり申し上げる。ーまずもって私はこの心情倫理の背後にあるものの内容的な重みを問題にするね。そしてこれに対する私の印象はといえば、まず相手の十中八、九までは、自分の負っている責任を本当に感ぜずロマンチックな感動に酔いしれた法螺吹きというところだ、と。

あとがきで著者は「単純な官民比較によって官僚や公務員をバッシングするのではなく、議論の土俵そのものを考え直すべきではないのか」と説く。

府知事の暴走によって、誰が利益を手にするか。一時の情熱に流されて、流れ着いたところが理想郷でなかったことを願わない。

「教育基本条例案」は知れば知るほど、ヒドイ内容の条例案だとわかる。日本国憲法下の日本でこんな条例が成立させられようとしている。アナクロニズムの政党、その党首の反民主主義性が分かろう。

首長の独走を見るが、大阪府知事のような暴走で教育はよくなるか。「教育改革」の美名でいろんな施策が実行されたが、その利益を国民は手にしたか。2学期制。小中一貫校。学区の統合。学力テストの成績の情報公開。教育指導要領の改訂。これらの施策の失敗で責任を取った者の不在。「教育は百年の大計」とかつて言われた。短期間に成果を出さなくてはいけないような教育は実験であって、教育に馴染まないものであろう。

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